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和歌山地方裁判所 昭和57年(ワ)541号 判決 1983年9月06日

主文

一  被告は原告に対し金二一〇〇万円およびこれに対する昭和五七年三月一日以降右支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に施行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金二二〇〇万円および内金二一〇〇万円に対する昭和五七年三月一日以降右支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は保険業等を目的とする株式会社であるところ、訴外西川善市(以下「訴外人」という)は被告との間に、昭和五六年一〇月二四日、和五五サ二〇三五を被保険自動車とし、自己を被保険者とする左記の自家用自動車保険契約を締結した。

(1) 保険期間は昭和五六年一〇月二六日から昭和五七年一〇月二六日午後四時までとする。

(2) 自損事故条項

(イ) 被告は、被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により被保険者が身体に傷害を被り、かつそれによつてその被保険者に生じた損害について自動車損害賠償保障法第三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合は、保険金(死亡保険金等)を支払う。

(ロ) 被告は被保険者が右の傷害を被り、その直接の結果として死亡したときは、一四〇〇万円を死亡保険金として被保険者の相続人に支払う。

(3) 搭乗者傷害条項

(イ) 被告は、被保険自動車の正規の乗用車構造装置のある場所に搭乗中の者(被保険者)が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被つたときは、保険金(死亡保険金等)を支払う。

(ロ) 被告は被保険者が右の傷害を被り、その直接の結果として被害の日から一八〇日以内に死亡したときは、被保険者一名ごとの保険証券記載の保険金額の金額を死亡保険金として被保険者の相続人に支払う。

(ハ) 右保険金額を七〇〇万円とする。

(4) 右(2)、(3)の保険金は、被保険者が死亡した時から六〇日以内の請求に基づき、該請求のあつた日から三〇日以内に支払う。

2  訴外人は昭和五六年一一月六日午前五時三〇分ごろ、被保険自動車を運行して和歌山市宇治藪下八三番地先南海橋上を通過中、ハンドル操作を誤つて右車を南海橋の鉄製欄干に激突させた。訴外人は運転席ドアが欄干に引つ掛つて開かなかつたので、助手席ドアから車外の南海橋上に出て後部トランク付近まで歩いて行き、誤つて右橋より紀の川に転落し、同日午前五時五〇分ごろ溺死した。

3  本件事故により訴外人は鼻部に深さ皮下に達する二個の挫創(鼻背部打撲症)等を負い、これにより通常の判断能力および歩行能力に減退をきたしていた、か様な状態にある訴外人は本件事故後車外へ脱出したものの、極く短時間の後に誤つて事故現場付近の欄干を越えて川の中へ転落して溺死したもので、本件事故と死亡との間は時間的にも場所的にも極めて接着しており、訴外人の死亡は本件事故の結果生じたものというべきである。

4  原告は訴外人の唯一の相続人である。

5  原告は被告に対し1(4)記載のとおり同(2)(3)掲記の保険金合計金二一〇〇万円の請求をなしたが、被告は支払わないので、原告は弁護士に委任して本件訴訟の提起を余儀なくされたが、弁護士費用は金一〇〇万円を下らない。従つて原告は被告の債務不履行により金一〇〇万円の損害を蒙つた。

6  よつて原告は被告に対し右保険金並びに弁護士費用合計金二二〇〇万円および内金二一〇〇万円に対する履行期後であることの明らかな昭和五七年三月一日以降右支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1、2記載の事実は認める。

2  同3の事実のうち、訴外人が本件事故により鼻背部打撲傷を負つたことは認めるが、その余は否認する。本件事故と訴外人の死亡との間には因果関係は存しない。

3  同3は不知。

4  同4のうち原告が被告に対しその主張の如く保険金の請求をしたが被告が支払わなかつたことは認めるが、その余は否認する。

三  因果関係についての被告の主張

本件自家用自動車保険契約の自損事故条項に基づき、被保険者の相続人が死亡保険金請求権を取得するには、被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故と被保険者がその身体に被つた傷害との間に相当因果関係が存在し、かつ右傷害と被保険者の死亡との間に相当因果関係の存在することが必要である。

また搭乗者傷害条項に基づく保険金請求の場合にも、被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故と被保険自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者(被保険者)がその身体に被つた傷害との間に相当因果関係が存在し、かつ右傷害と被保険者が被害の日から一八〇日以内に死亡したことの間に相当因果関係の存在することが必要である。

しかしながら本件衝突事故により訴外人が身体に被つた傷害は前記のとおり鼻背部打撲傷であり、右は鼻骨骨折および出血を伴つたが、それ自体では致命傷となりえず、また通常の判断能力および歩行能力を喪失させる程の重度なものでもなかつた。従つて鼻背部打撲傷と死亡との間に条件関係は認められないし、仮に条件関係の存在が肯定されたとしても、本件のような軽い傷害のため判断を誤つて橋から転落して溺死することは希有なことであり相当因果関係は認められない。

第三証拠 〔略〕

理由

一  請求原因1、2記載の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第六ないし第八号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は訴外人の長女であり、訴外人の唯一の相続人であることが認められる。

二  そこで本件事故と訴外人の死亡との因果関係について判断する。

被告は、保険約款が「被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故によつて被保険者が身体に傷害を被り、その直接の結果として死亡したとき」と規定されているころから、事故と傷害、傷害と死亡との間にそれぞれ相当因果関係のあることが必要だと主張する。しかしながら、これは通常の場合を想定して規定されたにすぎず、必ずしも事故と傷害、傷害と死亡という二段階に亘つて相当因果関係を必要とするのではなく、被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故と死亡との間に相当因果関係があれば足りると解するのを相当とする。

そこで本件についてこれをみるに、成立に争いのない甲第二ないし第四号証、乙第三、第四号証、証人吉田勉の証言、原告本人尋問の結果並びに前記争いのない事実によれば、

1  訴外人は事故当日の昭和五六年一一月六日午前五時ごろ、和歌山市船橋町にある自宅を出て、願かけのための「弘法の滝」に行くべく被保険自動車を運転していたが、同日午前五時三〇分ごろ和歌山市宇治藪下八三番地先南海橋上を通過中、ハンドル操作を誤つて自車を南海橋の鉄製欄干に激突させた。

2  右衝突によつて訴外人は鼻背部打撲傷(鼻骨骨折)の傷害を負つたが、この傷害は一時的短時間の意識喪失があつたとしても車外へ出てから再び意識を失う重度のものではなかつたが、訴外人は事故を起こした精神的動揺で歩行状態などが通常と比べて少々変調を来していたと考えられること。

3  南海橋は幅員二・九メートルの狭い橋で、橋の中央部に幅員四・五メートルの退避用の個所が設けられているが、訴外人は右退避用個所の北東角の欄干に自車を衝突させ、その結果車の前半分が南海橋上に突き出て宙ずり状態になつた。

また事故当時現場付近には小雨が降つており、街灯もなく右衝突事故によつて被保険自動車の前照灯も消えてしまい、暗闇の状態であつた。

4  訴外人は運転席ドアが欄干に引つ掛つて開かなかつたので、助手席ドアから車外の南海橋上に出て後部トランク付近まで歩いていき、誤つて右橋の欄干より下の紀の川に転落した。

5  右欄干は高さ九五センチメートル、鉄柱の間に三本の鉄棒がわたしてあるもので、身長一七八センチメートルの訴外人が身を乗り出すとバランスをくずし落ちそうになるようなものであり、しかも右衝突によつて欄干はガタガタになつていた。

6  同日午前五時三五分ごろ、南海橋を通過中の車が、被保険自動車が欄干に衝突しているが人影はないことを見付け、同日午前五時三八分警察にその旨通報し、同日午前五時四〇分から四二分ごろ警察官が現場に到着したが、その際紀の川から「助けてくれ」との声を聞いたので、付近を捜索したが見つからず、訴外人は同日午前五時五〇分ごろ溺死した。

以上の事実が認められ、右認定を反する証拠はない。

右認定の事実によれば、小雨の降り続く暗闇の狭い橋の上で自損事故のため、宙ずりになつた車の助手席のドアから一旦は車外へ脱出したものの、事故を起こした精神的動揺で歩行状態などが通常に比べて少々変調を来していた訴外人が、ただでさえバランスをくずしがちであるのに衝突事故によつてガタガタになつていた欄干から、本件衝突事故後五分足らずの極めて短時間の後に転落し、その結果溺死したものであつて、かかる事故と転落の時間的接着性、本件事故現場の状況、事故車の停止位置、訴外人の精神状態とを併せ考えると、本件事故直後訴外人が橋の欄干から下の川に転落し溺死することは十分予見が可能であるというべきであるから、本件事故と訴外人の死亡との間には相当因果関係があると認めるのが相当である。

三  従つて被告は原告に訴外人死亡による保険金を支払う義務があるところ、右保険金は自損事故条項によるのが一四〇〇万円、搭乗者傷害条項によるものが七〇〇万円の合計二一〇〇万円であること、原告が被告に対し保険約款所定の期間内に保険金の請求をしたが、被告がこれを支払わなかつたことは当事者間に争いがなく、本件追行のため原告が弁護士に訴訟を委任したことは当裁判所に顕著である。

しかしながら、本件は保険契約に基づく保険金請求であるところ、かかる金銭債務の不履行による損害賠償については民法四一九条の特則がおかれている関係上、債務者に対し弁護士費用その他の取立費用を請求できないと解するのが相当であるから、原告の弁護士費用の請求は失当である。

四  してみると、被告は原告に対し前記保険金合計金二一〇〇万円およびこれに対する履行期後であることの明らかな昭和五七年三月一日以降右支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

五  よつて原告の本訴請求は前記限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当であるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 將積良子)

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